[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
明日から6日まで実家に帰ります。何で7日までいないのかというと、7日の日に学外授業で寺町を歩くからです。これはこれで楽しみです。
で、明日なのですが父と母が神戸に行きたがっていたので、神戸で待ち合わせをして夕方まで回る予定です。
そう、神戸にとんぼ玉のミュージアムがあるんですよ。母が最近とんぼ玉にはまっているので明日行く予定なのですが、去年オープンしたばかりだそうで、震災十年を記念して作られたそうです。もう阪神淡路大震災から10年経つんですね。早いですね。地震が起こったときはぐっすり寝ていて、母に「アンタほんとに大きな地震が広島に来たら死ぬよ。」と言われました。母も父も目が覚めたそうです。でも私はぐっすり寝てました(笑)話を元に戻して、神戸市立博物館にも明日行こうと思ってます。なんだか面白そうだし、興味あるんですよ。なんか大学入ってから、やたらこういう所に行くようになりました。まあ、広島市内には博物館と呼ばれるものが少なく、どちらかというと美術館がひしめき合ってますから。その後は中華街行ったりする予定です。飲茶がめちゃくちゃ楽しみです。お腹の調子をよくしとかないと(笑)
ということで、6日まではコメントの返信が遅れると思いますが、ご了承ください。
今日(正確には昨日ですが)、ゼミで飲み会がありました。学生会館でしたので、居酒屋へは行ってません。教職の授業関係で途中参加をしたのですが、開けてない500mlのビールを渡され「飲んでいいよ。」と言われました。しょうがないので、開けて友人に1杯飲ませて私は残りを飲みました。やけにペースが速く、ついてから30分くらいで空にしてしまいました。ゼミ仲間に「ペース速いね。酒豪だ。」と言われてしまいました。ビールは「麒●かサッ●ロがおいしいよね。」と言うと、みんな「酒豪だ。」と言う始末。先生が芋焼酎を持ってきたのですが、「芋焼酎は匂いがあれだけどおいしいよ。」と言うと、やっぱり「酒豪だ。」と言います。皆さん芋焼酎ぐらい飲んだことありますよね?ね?結局割るものがなかったので、原液をなめる程度に飲みました。とても飲みやすい後味さっぱりの芋焼酎でした。後は、残った梅酒(アルコール度3%)を私が処分しましたが、これくらいで酒豪と言われてはたまったもんじゃありません。飲める人はもっと飲めますし、私だって酔います。私はおいしいお酒が好きなだけです!!酒豪ではないと思います。どうですか?私は酒豪なんでしょうか?
トラ場にもお題が出てましたが、眠いです。
特に、今日は、朝からずっと眠いです。先生の声が子守唄に聞こえて、しょうがありませんでした。そして、3限目の授業の先生には確実に私が寝ていたことがばれたでしょう。なにせ、私をちらちらと見ていましたから。私は眠気眼で先生の話を聞いてたのですが、頭の中でうまいこと整理できないまま、少子化についての意見を書かされました。なので、先生が書く内容を言っている途中から書き始めました。そしたら今度は結局何を書いていいのかわからなくなり、とりあえずこれで「いっか」と前半部分しか書いてない気がします。先生ごめんなさい。だけど眠いんです。昨日はちゃんと0時30分には寝たよ!!1時じゃないだけマシでしょ?さすがに5限目の授業は単位をとるのが厳しい先生の授業だったので、眠いながらも一生懸命起きてました。
誰か、こんな季節でも起きていられる方法を教えてください。
昨日からカウンターを設置しました。いったいこのブログは何人の人が見てるのかなと、ふと思ったので設置してみました。カウンターの柄は変えれるので時々変えてるかもしれません。もしかしたらカウンターそのものが、いつの間にか消えるということもあるので皆さんあまり当てにしないように。しかもブログができてからだいぶ経ってからつけてるものだからホント当てにならない…
それとデザインも変えました。季節柄春ですから。サクラの柄はもう一個あったのですが、フジコサンが使っていたし、月がついてるブログなのでね。なかなか上のスペースが気にはなるのですが、仕方がありません。
まだまだ、ブログ初心者な私なのでいまだに使いこなせてません。使いこなせるように頑張ります。
昨日まで私にとっては怒涛の3日間でした。
1日目:友人と宮島へ花見…それはたった一つの興味本位から始まりました。友人たちとお昼を食べて水族館の方へ歩いていたら、目の前にトンネルが見えました。友人の一人は怖いからやめようといったのですが、残りの友人は面白そうだから行こうと言って私たちは歩きました。トンネルを2つ過ぎ、島の海岸線の道路に出ました。そのまま私たちは何の躊躇もなく歩きました。途中、友人とこんな会話をしました。「宮島一周出来るかね。」「なんか一周したら4時とかになってそう(笑)」このときまだ私たちは知らなかったのです。これから襲い掛かってくる苦労に。だいぶ歩いていくと分かれ道がありました。これが運命の分かれ道でした。「奥の院」と「植物研究所(だったはず)」の看板が出ていて、私たちはそこから海岸線に沿わず、「奥の院」の方へ歩いていきました。道はすべて舗装された山道、途中には車Uターンの文字。私たちは歩いていきました。ですが行けども行けども「奥の院」が見つかりません。何回か看板を見た時、うっすらと「1km」の文字。私たちは喜んで歩いていきました。ですがどう考えても1km以上歩いたのに見つかりません。次に看板を見たときにはうっすらと「5km」の文字。友人とこれはさっき見たのは11kmの間違いではないかと話しました。ですがここまできた以上、帰るのがめんどくさかったので坂道を歩いていきました。途中親子連れに合いました。人間というのは自分たち以外の人に出会うと活力が沸きます。あの効果はすごいです。無人島で遭難して発見された時ってあんな感じなんだろうと思いました。それからだいぶ上がっていくと、何かの屋根と木を伐採する音が聞こえました。このときにはだいぶ疲れていたのですが、その伐採しているところまでたどり着きました。(当たり前ですが)そこには人がいました。「奥の院はどこですか?」とたずねるとおじさんはそこだよと指で示してくれました。その屋根こそが奥の院だったのです。おじさんは「降りてくる途中?」と尋ねたので、私は「今そこから上がってきたんです。」と答えました。するとおじさんはびっくりしてこう言いました。「よぉ、上がって来たねえ、4倍もある道を。車で20分かかる距離なのに。別ルートだったら4分の1だったのに。」この言葉に私たちはショックで言葉が出ませんでした。とりあえずおじさん達にこっから早く降りれる道を聞き、また歩いていきました。その道は宮島の山・弥山(みせん)の山頂付近にある仁王門跡から下るという道でした。私たちはとりあえず仁王門までまた山を登りました。今度は舗装されてないので大変でした。友人と「あの家族はこれからが大変だね。」という話をしながら上っていきました。仁王門跡について私たちはまたもや愕然としました。一番近道の道が土砂崩れで通れなくなっているのです!!もう少し上がればロープウェイに乗れるのですが、1人1000円はきつかったので、看板には20分と書いてあった最初のトンネルの前にたどり着く道を、歩いて降りることにしました。もはやそこは道と呼べるのが怪しい道でした。何とか階段はあるものも、脚がガクガクいっている私たちにはかなり厳しかったです。結局降りるのにかかった時間は1時間20分看板はまたもや1時間の部分が消えていたのです。結局4時ごろに下界に降り立ちました。実はこの山登りで、誰一人ペットボトルを持っていなかったのです。つまり一切水分補給をせずに降りたのです。かなり恐ろしいことをしています。花見に行ったはずがいつの間にかハイキングになってたのです。家に帰ってからも足は痛いしガクガクいってるし、本免の勉強どころではありませんでした。未だに筋肉痛でつらいです。
2日目:本免…これはえらい時間はかかりましたが、下に書いてあるとおりのことです。朝8時に家を出て、帰ったのは4時ごろでした。ホント疲れました。前の日の疲労も重なってかなりつらかったです。
3日目:京都へ帰る日…私は免許書を持って、私の家から近いJRの駅の方まで運転しようと思ってました。思ってましたというのは、家の近くは坂が多いのですが、上り坂で、信号が赤のため止まったら、すぐ青になり坂道発進しようと思ったら、少し後ろに下がってしまったのです。そしたら後ろの車に「コツン」と当たった音がするじゃないですか!!隣に乗ってた母は「あんた今ぶつけたんじゃないん?」と言われ、とりあえず駐車できる所に止めると見事に後ろの車も駐車してきました。いきなりうちは何やってんだと思いながら、その車の持ち主に謝りました。幸い、何も壊れておらずいい人だったので「気をつけるように」と言われて済みました。もう、これじゃあ運転できるわけもなく、母に交代して運転してもらいました。自動車学校の車とうちの車では違うので操作にまだなれてない結果のことでした。夏休みになったら、車通りの少ない、自動車学校でも使ってた場所で自分の家の車に慣れようと思います。
ほんとに怒涛の3日間でした。